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工藤遥さんの演じた役柄について細かく語ってみる。(随時更新)


またかよ!?ってお思いの方すいません。
工藤さんの演技が好きで好きでたまらないんです。
さて盛大にネタバレします。
ご注意を。



樋口叶多(今がいつかになる前に)

勝気で正義感が強いお母さんがいない女の子。きっとこんな小学生いないだろうなぁ…ってくらい真っ直ぐでだからこそ人気者でもあり、邪険にもされる。まだまだ小さな女の子だし、演技経験も少ないからかセリフがないところだったりはもぞもぞしてたりするんだけれど…その一筋の曇りもない瞳がとても素敵だと思う。かるーく人間は簡単に死んじゃうんだよ。って言っちゃうところも、不倫していた先生と、妻を亡くした父親を同じって言っちゃうところも危うげで何も知らなくてとても好き。けれどそんな彼女も1人の人間で、強くあろうとする。何も知らない彼女がそのまま真っ直ぐに生きてて欲しいと思うけれど、親を亡くした女の子がこんなにも明るく生きてしまっていることに違和感を覚えたり…。そんなに早く大人にならなくていい。っていう先生のセリフと今がいつかになる前にっていう題名が樋口叶多のまだ全然長くない人生と重なる時の化学反応というか、悲しさや虚しさがとても苦しい。

寒竹藤子(1974)

モーニング娘。10期メンバーオーディションに受かった時に工藤さんはこの舞台に出演できるのか?と聞いたそう。そんな舞台。1974の寒竹藤子の肉親は兄だけ。兄が行方不明の主人公を翼先輩と慕う女の子。
きっと本当はまっすぐな女の子なんだろうけど、周りの環境が彼女をそうさせないんだろうな…と泥棒を繰り返す藤子をみて思います。リオン→ファルスの演技力の成長はよく話題にされるけど、叶多→藤子の成長も凄いなぁと思ってて、なんでだろう?と考えたところやっぱりモーニング娘。オーディションなのかな…と思ったりして……。
藤子は2人のキューピッドでもあり、物語を進めるためのキーパーソンでもあって、なにより「あっここ観客を泣かせたいんだろうな」と思うシーンで重要な役回りをすることが多かったと思うんだけれど、11歳でそれを任されやりきった工藤さんにはただただ凄いなって思うしかない。
そして藤子は、翼先輩、兄さんどちらにも突き放されるシーンがあって子供にとって酷なシーンをきっと愛されて育ってきた工藤さんが演じきってしまうのが、このころから「演じる」ことを知ってるのだなぁと。
藤子の役の魅力は、なによりも無邪気さ。藤子は藤子だって言ってしまえる清々しさ。まだ子供。藤子の世界には法律もなにも関係ない。子供の大きくて小さいそんな世界の中で今が一番楽しければいいっ!っていうのがヒシヒシと伝わってきて微笑ましくなる。だからこそ声が出なくなるとき藤子の世界の大切な部分が崩れていくのが見えて悲しさが増して、涙が止まらない。

レオナルド・ダヴィンチ(リボーン〜命のオーディション〜)

題材がすごく面白い舞台だなぁと思いました。そしてガキさんれいなちゃんはすごいですね。やっぱり。さすが!
さて、ただ絵を描くのが好きなレオナルド・ダヴィンチを演じた工藤遥さん。この役は工藤遥さんの今のお芝居の評価の高さの所以を感じました。


プロアクティブも2年前のブログと工藤遥の知名度の向上がかけ合わさってお仕事につながったように、言動やブログとか全てが工藤遥さんの未来に繋がってるような気がします。
そんなことを強く感じたのがこの役。まっすぐに絵を描きたいんです。と語る瞳はきっと樋口叶多のように力強くて、おどおどした演技は藤子の戸惑いの演技を彷彿とさせました。そしてなにより、磨きがかかっていた。そんな表現の演技に加えて、セリフ量の多さと言葉の難しさ。多分丸暗記なんでしょう。でも、ハロプロエッグとして稽古してモーニング娘。に加入してからの舞台。この時期の大変さは見てなくてもわかります。それでもこの長ゼリフをこなしたことで「工藤なら任せられる」という信頼を得たんじゃないかな?と思います。セリフ回しと表情。2つの躍進にきっと繋がったであろうこの舞台が、工藤遥の人生において大きな変化をもたらしたあの時期にあったことにまた運命を感じさせられずにはいられないです。

ドリュー(ステーシーズ-少女再殺歌劇-)

もう何度でも言うけどこの役の破壊力はすごい。ニアデスハピネスでもうすぐステーシー化してしまう。しかし、再殺部隊に再殺されるのは嫌で、違法再殺してもらうために自分も違法再殺少女になった。でも結局は愛する人のステーシー化してしまった愛する人を助けるためにステーシーになる前に殺されてしまって……んー難しい。説明が。
ただドリューの「あるがままに受け入れる」ってセリフが辛くて辛くて…。こんなこと言うの失礼だろうけど工藤さんの人生諦めてますっていう演技が一番好きでそしてそれを見るのが一番辛くて、ドリューの最初の破壊力からあるがままに受け入れるというセリフの言葉に表せない辛さ、そして玉代とのシーンの儚さ。あの時代の工藤遥の全てが詰まっているようなきがして、工藤遥さんが工藤遥自身の全てを役として爆発させることができることの素晴らしさ。なにより爆発させているのにも尚そこにいるのは工藤遥ではないこと。ドリューの役に工藤遥さんが出会えたこと。全てに感謝したくなる。

リオン(ごがくゆう)

本当に幸薄そうな役が似合うよね。ドリューまでは子供って印象が強いんだけれど、リオンになると大人と子供の間というか……。リオンの役柄的にも自分の人生は自分で決めたいけどそんな力はどこにもないのをわかってて、夢は夢として勝手に蓋をして諦めて運命を受け入れてしまった。そんな女の子だなぁと感じます。今までは自分らしさを爆発させる役が多かったのにこの役では自分らしさを隠すあまりに本当に大切な人への気持ちも忘れてしまうという悲しい役柄。面白いのは、リオンはフェイのことをずっと心配して丁重に扱うんだけれどそこに「姫」と「従者」という関係性はあまり見えなくてどちらかというとしっかり者の女の子と頼りない女の子に見えるところ。そしてリオンはもう一度見たい役。工藤遥さんのリオンがもっと女らしくなっていく姿を見たい。

ファルス(LILIUM-少女純潔歌劇-)

きっと工藤遥さんの代表作であり、演劇女子部の代表作でもあるリリウム。末満健一さんがD-BOYSと作り上げ、ファンも多いTRUMPの続編。そして、工藤さん演じるファルスとTRUMPのソフィー・アンダーソンは同一人物で、2作品を繋ぐ役。そして、実は繭期*1を迎えたヴァンプを収容するサナトリウム・クランの創始者であり、永遠の命を持ち、自分の血を精製したウルという薬をヴァンプに飲ませることでクランのヴァンプたちにも永遠の命を持たせようとする男の子。本当に本当に難しい役だと思います。前半はチャラい男の子。後半は狂ったヴァンパイア。そう。初めての男性役でこれは本当にすごく辛かったし、苦しんだんだろうなぁ…と思います。千秋楽で終わった後に泣き崩れる工藤さんをみて、全身全霊をかけるってこういうことなんだなって思いました。
ファルスって全然力強くないんですよ。永遠の命持ってるのに3000年も生きてるのに、狂いに狂いまくってきっと今がいつかもわからない…それでいて寂しがり屋で弱くて…。クランが壊れていくたびにそんなファルスの本質が見えていくのがすごく良くて、バレてしまった時は溢れてしまいそうな瞳で同じことを繰り返すヴァンプたちを時に笑いながらベラベラベラベラ喋り続けるんだけど(ここのセリフの緩急のつけ方も好き)最後、リリーに「永遠の孤独の中で泣いてろ」と言われて叫んで立ち上がって「まぁいい」と言うシーンや少女純潔のリリーを取りこぼしてしまうシーンでの瞳はなにも映ってないように見えて、そこにファルスの哀しさが溢れててすごく好きです。
あんなにまっすぐだった瞳を、今でもまっすぐすぎる瞳をこうまでも変えてしまうほどファルスが憑依してたのかなと感じたけれど、多分きっと違う。工藤さんは憑依型じゃないような気がするんだよなぁ。憑依型というより取り込み型?演技のことは詳しくわからないけれど、彼女は彼女自身の中に役を取り込んでしまうんじゃないかな?って思います。役に取り憑かれるんではなくて役に取り憑くという感覚。
本当にファルスからはそういうのが見えて、表情もセリフ回しも何倍も上手くなってて工藤さんのまだまだある伸びしろを見せられた気がして、だからこそ成長も退化もできないファルスが余計に悲しく見えました。

アサダ(TRIANGLE)

TRIANGLEは鞘師里保さんも男役で、鞘師里保さんのキリ中尉のほうが男らしくて人気があって、逆にアサダはウジウジした男の子っていう印象が強くてあまり好きではないって人も多いらしい…。けど!これってとても凄いことではないのかなと思うんですよ。だってアサダを好きでないと言ってる人はアサダのことを工藤遥ちゃんが演じる役としてではなくてアサダとしてみているってこと…。つまり、工藤さんの演技力がそこまで来たってこと。あぁ工藤さんはどこまで行くんだろう。
まぁ私はアサダが好きなんですけど。
ファルスは「あぁ、ハルちゃん……。」ってなってしまう瞬間がほんの少しだけあるんですけど、アサダはβでの最初の向上と歌の部分から最後まで工藤遥を忘れるんです。そう最後まで。カーテンコールまでです。舞台に立つ工藤遥は完全にアサダなんです。所作の全てが男性的で、声の高低でではなくセリフの言い方で男性らしさを出してるので無理してる感もなくてただ凄いなぁと思います。
アサダは本当になにかを爆発させることもなく、愛する人を思い続ける役。ただ普通の青年。特別な少女がごく自然に普通の青年を演じられる凄さ。そして女性特有の儚さを青年の揺れ動く心情に乗せて静かに役を演じきる。15歳の女の子がこんなこと出来るなんておかしい!凄すぎる!と言いたい。声を大にして。

アヤカ(オトナヘノベル)

工藤遥さん初ドラマ出演。そして主演作品。
と言っても再現VTRのようなもの。けれど、きっと自分と遠い役をよく演じたなぁって思います。
アヤカは自分に自信があるからこそ自分がみんなより劣っていることを知って無気力になるという役。今までのように爆発させるような場面もなく、ただ普通の女の子なんだけれどこの役は声の作り方がいいなぁと思います。いつもの声ではなくて、弱い女の子のささやき声を作っててナレーションのときも聞きやすかったしこの声好きだなぁと思いました。涙声はアサダと同じ作り方だったと思うんだけれどアサダは男の子、アヤカは女の子に見えるから流石だな…なんて。
宝塚の方が舞台ばっかりの人はリアクションが大きくてドラマや映画では苦労するって言ってらしたので工藤さんも苦労したのかな?
工藤さんの演技は映画で見たいなぁと思うことが多いので、テレビでのお仕事に一歩近づいたのも含めて、アヤカは素晴らしかったなと思います。

ファルス(二輪咲き)

LILIUM感謝祭の短編劇として上演された二輪咲き。2回目のファルス。久々のファルス。なにより、演者・観劇者全員がファルスの正体を知った上での演技となりました。だからなのか、ファルスではなくお館様として登場するシーンでは、狂気が以前よりも増していてそれが『諦め』を知る前、ウルとなり得る存在が現れる前の『希望』を知らないファルスをよく表現出来ていたのでは……と思います。スノウにピーアニーを殺されたのを見られたためイニシアチブによって記憶を改ざんしたあとのシーンの切り替えは素晴らしかったです。そして、声。アサダを見たときに同じ男性役でも声の出し方が違っていて、声変わりの影響が大きいのかな?と思っていましたが、やはり工藤さん声の出し方を変えていました。すごい。確かに声変わりの影響なのかファルスの声に艶っぽさが増していた。しかし、叫び声を比べるとその声の違いは明らかです。ファルスは上から下へ畳み掛けるような声の出し方、アサダは逆に下から上へしゃくっているように感じます。書くのは簡単ですが、セリフ量の多い役柄でそれをやってしまえるのは、やはり流石だなぁとしか言いようがないです。

星を掴むシーン。
このシーンはTRUMPなどでも重要になるらしく、そんなシリーズでも核となるようなシーンを演じた女性はたった1人。ファルスー工藤遥ーという事実はTRUMPの特別なファンでなくても胸が熱くなります。
このシーンを初めてみた時に涙が流れました。工藤さんの演技で泣いたのは初めてです。ライブコーナーの少女純潔にも共通するのですが、一言も発さずに表情だけで(それも上を向いている)ファルスの強さと弱さと儚さを演じてしまえる工藤遥さん。いや、そこにいるのは紛れもなくファルスでした。トゥルーと呼ばれることを拒み、過去にがんじがらめになって、ただ孤独を嫌う弱いヴァンプ。

もうファルスは見たくない。

ファルスの苦しさが悲しすぎて、見ているこちら側ももう耐えられない。でも、成長も退化もできないファルスが、工藤遥に演じられることによって成長「してしまう」姿をもう一度見たいとも思ってしまうのです。

フロル(続・11人いる!〜東の地平・西の永遠〜)


一言。すごい。でした。
私的には期待値と不安感でいっぱいだったんですけどいとも簡単に超えてきた。最後の最後までフロルでした。タダとフロルがトレーニングを受けてる場面。レバーを引っ張る時の足の上げ方でもう!心つかまれた。やんちゃで勝気なのに自分が愛されていることに自信が無いフロルは、工藤遥そのもののようで工藤遥とは全然違う人でした。

途中でタダのことばっかりのフロルにイラってするくらい。でも、本当に素直である意味子供なんだろうなぁと思います。真っ直ぐすぎる愛に直視ができなくなった。ずっとタダに甘えてるのに、タダに別れを告げられてから本当の強さを発揮するフロルもかっこよかったなぁ。

歌はきっと小田ちゃんに比べてまだまだ拙いんだろうけど歌い方がいつもの工藤遥とは全然違ってびっくりしました。言い方は悪いですけどある意味ぶりっ子歌い。所作とかも女の子。でも、その節々に『強さ』が出ていて面白かったです。

俳優・工藤遥に敬意を表して。

*1:人間でいう思春期