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カテゴリー:相方〜佐藤優樹と工藤遥〜

はじめに

まーどぅーがまーどぅーとして比較されてるのを見て、悶々とするところがあったりして、やっぱり一人一人違うし、ましてや兄弟でも双子でもない本当に全然似てない2人を比較してどちらかを叩いて……またどちらかを持て囃して……なんてゆうのは叩かれてる方も持て囃されてる方もとっても可哀想だなと思ってしまいます。

ここから2人のことを書きますが、私はモーニング娘。'16の佐藤優樹ちゃんと工藤遥ちゃんが好きなのであってまーどぅーは2人で1つなんていう思考は持っていないのでお見知り置きを。

運命の出会い

タイミングは私達にとって大事な要素の1つ。同い年、同期。彼女たちにとって大事な大事なタイミングがたまたま合ってしまった。それは、運命のようで運命ではない。
ただの同い年なら親友になれていたかもしれない。ただの同期なら戦友やライバルになれていたかもしれない。しかし、同い年で同期な2人は相方を選んだ。そして、それは選ばなければならなかったカテゴリーなのかもしれない。2つの共通項を持ちそれでも正反対な彼女たちの出会いを大人たちは、ヲタクたちは運命と持て囃した。2人はいつだって1つで、隣同士で…。そんな関係性を求められた。
若い2人はその中で自分たちの出会いを運命と感じたのかもしれない。いや、もしかしたらこの出会いは運命なんだ。と受け入れたのかもしれない。


私の隣はあなたでないと。


周りの欲望はいつからか自分の欲望に変わっていったのかもしれない。特別なまーどぅーは、特別なまーとどぅーになった。

カテゴリー:相方

相方が相方のことを相方と呼ぶのが好きだ。相方は特別だから。相方は1人しかいない。2人だけの世界でしか相方は存在しない。
佐藤優樹工藤遥はお互いを相方に選んだ。2人だけの世界を作った。身勝手だがその世界ができるだけ長く続いてほしいと願ってしまう自分がいる。
ライバル・戦友・親友とは違う。きっとその全ていやもっともっとたくさんの要素が相方には含まれる。5年も離れていたくせに相方を相方と呼び続けた人を知っている。相方はどれだけ離れていたって相方なんだ。もう彼女たちは2人で1つでも、ずっと隣同士でもない。背中合わせも真正面も隣にも立てる。

同い年で同期。
進学、卒業、未来、将来。
きっと人生の岐路に立つとき彼女たちは同じ悩みを抱えるのだろう。同い年とはそういうもので、同期とはそういうもの。そんなとき、まーはどぅーにどぅーはまーにどんな言葉をかけるのだろう?

相方だから分かり合えることがある。

たくさんの相方を見てきたが、どの2人もそうだった。途中から長い長い同じ人生を歩んできて、お互いがその岐路に立ったとき必ず相方の影があった。

依存ではなく信頼。

いつかそんな未来が来ればいいと思う。
いつかそんな2人を見たいと思う。



ステージで美しく大人になった2人が
『そういえば、ステージ上でランドセル下ろしたよね。』
『前にもこんな話したよね。』
なんていう未来を夢見て……。