工藤遥と佐藤優樹

はじめに

まーどぅーは別物だ。2人で1つではない。そう思ってても彼女たちを対に見てしまう。それほどまでに彼女たちは似ていて、似ていない。だから、今回はわざと2人を比較してみようと思う。

吸収と反射

工藤遥が吸収なら佐藤優樹は反射だ。
モーニング娘。は継承と進化を繰り返す。だからなのか新曲以外、オリジナルメンバーで楽曲を披露することはまずない。そのため、ソロパートの雰囲気が音源とはガラリと変わることも多々ある。変えるのは工藤遥で、変えないのは佐藤優樹だ。とよく言われる。どちらもモーニング娘。らしくて、私はとても好きだ。全て変えてしまうのも全て変えないのも違う。そこのアンバランスな感覚のバランスを保つそれこそがモーニング娘。の魅力だと感じている。

きっと工藤遥はオリジナル音源を吸収し、自分の魅力もごちゃ混ぜにして発信する力を持っている。それをよく感じたのはwhat is love?のセリフパートだ。ここは元々道重さゆみの可愛らしい魅力が爆発するパートだったのだが、工藤遥は自身の魅力であるハスキーボイスを活かしボーイッシュに変えた。
しかし、関ジャムのときはピンクの衣装だからか、男性アイドルがいたからか帽子を使った可愛らしい動き。
臨機応変に吸収したものを出せる力。そしてその量の多さに感服した。


逆に佐藤優樹は聞いた音源をそのまま反射する力を持っている。ただそれだけではモノマネになってしまう。だから彼女はきっと反射するときにエッセンスとして自分の魅力を混ぜているのだろう。10期のシャボン玉の最後のパートで田中れいなを見た。田中れいなの魅力は可愛らしい容姿や声に見合わない力強さだと思っているのだが、そんな彼女らしさがそこにはあった。ただ佐藤優樹のどこか掴めない感じというか、いい意味での軽さが表情に出ててとても面白かった。


表情といえば、工藤遥の表現力は高評価を得ることが多い。吸収はそういう部分にも多く反映していると思う。工藤遥は自分の演じたものの表情を即座に出せることができる。彼女が舞台経験を踏むたびに、PVのリップシーンがよくなっているのは周知の事実だろう。多種多様の役を演じさせれば演じさせるほど彼女の表現力は上がっていくはずだ。工藤遥は、役作りで相関図を書くと言っていた。きっと工藤遥は自分自身に一度役を吸収させる。そこからいつも通り役を抽出して発信する。憑依型ではなく、吸収型。

佐藤優樹の演技も私はなかなか好きなのだが…よく言われるのはまーちゃんの役はまーちゃんじゃないと出来ないよね。ということ。それこそが反射なのではないだろうか?
佐藤優樹はきっと自分の中に役を取り込むことはない。しかし、役にはお手本がない。反射されたものには彼女のエッセンスしか残らないのだ。佐藤優樹佐藤優樹ではない。ある意味吸収型なのかもしれないが、1つ違うのはそれが引きずられないこと。彼女はPVなどではずっと彼女らしい表情を見せてくれる。

反射し続け、自分を変えない佐藤優樹だって成長はするし
吸収し続ける工藤遥だって変わらない部分はある。

2人の共通項は、変わり続けること。そして変わらない芯があること。

走り続ける彼女たちの流れを一気に見た。
成長していくたびに変わっていく関係性を面白いと思った。しかし、変わらない彼女たちをもっと好きになった。10代でしっかり芯を持って、吸収し続ける人と反射し続ける人。たくさんの人からの愛を吸収し、蓄積し、自分のものに変える人。反射し、エッセンスを加え、新たなものに変化させる人。

2人が惹かれあってるのならば、それは運命的なものだと感ぜずにはいられないし、相容れないのならばそれは宿命だと思う。


様々な可能性と未来を秘めた彼女たちにもっと私の愛を吸収してほしい、反射してほしいと願う。これは、ワガママだろうか?



愛するまーとどぅーの未来が幸せでありますように