誰の影もない、そんな工藤遥が好きだ。

はじめに

唯一無二の存在を好きになった。

空見

○○みたいだね。○○を空見た。工藤遥はそう言われることが少ないメンバーだと思う。それをわたしは嬉しく、そして少しだけ誇らしく思うのだ。継承を繰り返し、再構築されることで成り立つモーニング娘。の再構築を受け持つ工藤遥が好きだ。ドリューやファルスやアサダやあのときの工藤遥にしかできなかった。と言われるように、今の工藤遥工藤遥でしか表現できない。その高尚さや儚さはまさにアイドル。清々しいまでにアイドルでいてくれる工藤遥を愛している。楽しい曲やMCなどではずっと笑顔。悲しい曲ではハッと消え入りそうな表情を見せ、ロックな曲では少年っぽい顔をのぞかせる。工藤遥でしかできないアイドルをそれでいて誰もが求めるアイドル像を走り続けてくれる工藤遥に感謝すらしている。

彼女が憧れた先輩やなりたい人はたくさんいるだろう。ただその影は1つもない。そこにいるのは工藤遥で、私が見ているのはアイドル・工藤遥だ。純潔な工藤遥は美しい。ただ彼女も純潔ではいられない。その表情に影が見え隠れするようになった。

工藤遥が○○みたいだね。と言われる時、○○にはいるのはいつだって工藤遥が演じた誰かだ。工藤遥と役を切り離せるほどの演技力の素晴らしさ、吸収力と発信力の高さ、そのすべてがファンにそう言わせている。それがたまらなく気持ちいい。工藤遥は唯一無二なのだ。それと同じく彼女の演じた役も唯一無二だ。舞台から降りてくることはない。ただときどきフラリと工藤遥のきまぐれで舞台から彼らを降ろす。立たせるのはステージの上。工藤遥工藤遥自身を自在に操っている。どちらかといえば操られる立場であるアイドルが自分自身を操っている。狂気じみた美しさがそこにはある。

工藤遥は恐ろしい。恐ろしいから美しい。影も実体もみせない、時折見せる影すら彼女の作ったもの。これほど美しくアイドルでいる人を私は初めて見た。



唯一無二の存在を心から愛している。